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東京地方裁判所 昭和52年(ワ)8900号 判決 1978年6月28日

原告 白山輝司

右訴訟代理人弁護士 高山征治郎

同 鈴木武志

同 山下俊之

被告 国

右代表者法務大臣 瀬戸山三男

右指定代理人 東京法務局

訟務部付 成田信子

<ほか二名>

主文

一  被告は原告に対し金四五万円およびこれに対する昭和五二年九月三〇日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は四分しその一を原告の、その余を被告の負担とする。

事実

第一当事者の申立

一  原告

1  被告は原告に対し金七〇万円およびこれに対する昭和五一年二月二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言。

二  被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  担保を条件とする仮執行免脱宣言。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  東京法務局渋谷出張所登記官は、昭和五一年二月二日、債権者を訴外東京富士株式会社債務者を訴外中谷行衛とする東京地方裁判所昭和五一年(ヨ)第四八九号不動産仮差押命令申請事件についての仮差押決定に基づき、同決定を登記原因として、別紙物件目録記載の不動産(以下本件不動産という。)に対し、右法務局受付番号第三七五九号をもって仮差押の執行登記を為した。

2  然し乍ら、右不動産は、原告が昭和五一年一月一四日、右訴外中谷行衛から買受け、右法務局、昭和五一年一月一六日受付、受付番号第一三〇九号をもって原告名義に所有権移転登記済のものであって右仮差押の登記時においては原告の所有であったものである。

3  従って、通常仮差押命令を発した裁判所から登記嘱託を受けた法務局登記官としては、仮差押命令発付時から仮差押命令執行の時までの間に当該不動産が第三者に移転したりしてその所有名義が変ったりすることがあり得るので仮差押執行時において当該不動産の登記簿を精査するなどして債務名義の債務者と、当該不動産の所有名義人が同一であることを確認した上でその執行を為すべき注意義務があるのに東京法務局渋谷出張所登記官はこれらの注意義務を怠り、仮差押債務者ではない原告の右不動産に対し前述1の執行を為した。

4  原告の損害 合計金七〇万円

(一) 慰謝料 一〇万円

第三者から仮差押などを受ける様な商行為をしていない原告にとって、自己所有の不動産に対する突然の仮差押執行による衝撃およびその解決の為、法律事務所に何度も足を運ばねばならなかった精神的労苦、銀行等の金融機関に対する弁明等の精神的苦痛は筆舌に尽せないものがあり、この精神的苦痛を慰謝するには金一〇万円をもって相当とする。

(二) 弁護士費用 六〇万円

原告は、仮差押執行直後、右登記官及び右東京富士株式会社に対し任意に仮差押登記の執行取消に応じて欲しい旨の交渉をしたところ、これに応じないのでやむを得ず弁護士である原告代理人らに右訴外東京富士株式会社に対する第三者異議の訴および本件訴訟の提起追行を委任し、右二件の着手金として金三〇万円、事件完結時に報酬として金三〇万円を支払う旨を約定し、右着手金三〇万円を支払った。

従って、右登記官の行為による損害として、被告に負担せしむべき弁護士費用としては金六〇万円が相当である。

5  よって原告は、被告に対し右4(一)の金一〇万円および同(二)の金六〇万円、合計金七〇万円およびこれに対する不法行為の日である昭和五一年二月二日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるため、本訴請求に及んだものである。

二  請求の原因に対する答弁

1  認否

1項認める。

2項原告主張の登記がなされたことは認め、その余は不知。

3項認める。

4項登記官の行為により原告主張の損害が発生したことは争い、その余の事実は不知。

5項争う。

2  被告の主張

(一) 原告は、本件不動産に対する原告の所有権移転登記を、昭和五三年一月二三日受付第二九三一号により、錯誤を原因として抹消の登記をしている。したがって、このことは、原始的に該所有権登記の実体関係が欠けていたと解され、原告は本件仮差押登記当時、本件不動産の所有者でなかったことが明らかである。

(二) 本件不動産には、既に抵当権等が設定されているので、本件仮差押登記により、本件不動産の担保価値が低下したことも考えられないのであるから、原告には原告所有の財産に対する実際の損害も生じていない。したがって、原告には慰藉料の請求ができないというべきである。

(三) 右のとおり慰藉料の請求が認められないのであるから、弁護士費用の請求もまた認められるべきではない。

第三証拠《省略》

理由

一  請求の原因1項の事実、同2項のうち原告主張の原告名義の所有権移転登記がなされていたことは当事者間に争いがない。

《証拠省略》によれば、原告は訴外中谷行衛に対し昭和五〇年七月頃金一〇〇〇万円を同年一一月末までに返済の約束で貸与したが返済しないので、同五一年一月一四日代物弁済として中谷より本件不動産の所有権を買戻条件付で取得したことが認められる。なお、《証拠省略》によれば、昭和五三年一月二三日受付第二九三一号をもって錯誤により右の原告の所有権移転登記の抹消登記手続がなされたことが認められるが、《証拠省略》によれば、訴外渡辺元夫が中谷に代って同人の原告に対する債務を弁済したので、中谷、渡辺、原告が合意のうえ原告の所有権移転登記を錯誤による抹消登記をすることにしたことが認められるので、このことをもって、原告が本件不動産につき当初から所有権を取得していなかったとはいえない。

二  請求の原因3項は当事者間に争いがない。

そこで、原告の損害の点について判断する。

《証拠省略》によれば、次のとおり認められる。

昭和五一年三月半ば頃、原告は中谷より本件不動産に対し債権者を訴外東京富士株式会社、債務者を中谷とする仮差押の登記がなされていることを知らされ、中谷が右会社と折衝して早急に仮差押を解く旨述べたので様子を見ていたが、中谷では埓があかないので、原告は東京法務局渋谷出張所を訪ね抹消してほしい旨述べたが、右出張所係官から裁判所の許可がなければ抹消できないと言われた。そこで、原告は、昭和五二年七月頃原告訴訟代理人らの事務所にたずね相談をした。右代理人は東京富士株式会社に対し内容証明郵便により任意に執行取消を求めたが応じなかったため、訴訟を提起することとし同年八月二五日原告と右代理人間で報酬契約を締結した。右契約は、原告は右代理人らに対し、右会社との間の第三者異議の訴、国との間の損害賠償請求の訴を委任し、手数料として右の各事件一五万円宛、報酬として右の各事件一五万円宛を支払うことを約束するものであった。原告訴訟代理人らは、右会社に対し第三者異議の訴を提起したが、第一回口頭弁論期日の後訴訟外で話合が成立し、同年一一月一九日の取下を原因として、同月二五日受付第五五〇四八号をもって仮差押抹消登記がなされ、右第三者異議の訴は同年一二月一四日第三回口頭弁論期日に右の抹消登記のなされたことを確認し、和解が成立した。原告は、前記契約に基づき右第三者異議の手数料、報酬として各一五万円、本訴の手数料として一五万円を既に支払っている。

以上のとおり認められ、右認定に反する証拠はない。

以上の認定・説示した事実によれば、本件不動産に対する仮差押登記は登記官の過失によってなされたことは明らかで、その抹消の方法について当該出張所係官の述べるとおり、職権で抹消することはできず、「裁判所の許可」が必要であるとすれば、原告が東京富士株式会社に対し第三者異議の訴を提起することは必要不可欠の措置であったというべく、したがって右のために要した弁護士費用は、前記登記官の違法行為と相当因果関係にある損害であるというべきである。そして、右事件の訴訟物の価格(金一六四万一二〇〇円)およびこれによって算出される弁護士会の弁護士報酬基準額その他訴訟の経緯等の事情を考量し、手数料一五万円、報酬一五万円の合計三〇万円をもって、相当なる弁護士費用と認められる。

次いで、右事実、とりわけ、本件不動産に対する過誤の仮差押登記のなされていた期間は一年九か月余に亘り、その間その抹消のため第三者異議訴訟を提起するの止むなきに至ったことなどに鑑み、原告は精神的損害を蒙ったことは明らかであり、被告において支払われるべき慰藉料は金一〇万円が相当である。

さらに、原告は、本訴提起による弁護士費用の賠償を求めるので判断するに、本訴の訴額、訴訟の経緯、本訴弁護士費用以外の認容損害額等一切の事情に鑑み、原告の被告に対し請求し得る本訴の弁護士費用は金五万円が相当と認められる。

三  よって、原告の本訴請求のうち金四五万円およびこれに対する訴状送達の日の翌日であること記録上明らかな昭和五二年九月三〇日から支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分を正当として認容し、その余は失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条九二条を適用し、仮執行の宣言は相当でないので付さないこととし、主文のとおり判決する。

(裁判官 荒井真治)

<以下省略>

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